大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(モ)12726号 判決

債権者 天野道夫

右訴訟代理人弁護士 増田道義

債務者 松崎久子

右訴訟代理人弁護士 渥美俊行

主文

債権者と債務者間の東京地方裁判所昭和四六年(ヨ)第五一四四号不動産仮差押申請事件について、同裁判所が昭和四六年七月二六日になした決定を取消す。

本件仮差押申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  申請の趣旨

債権者と債務者間の、東京地方裁判所昭和四六年(ヨ)第五一四四号不動産仮差押事件につき、同裁判所が同年七月二六日になした決定を認可する。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二申請の理由

一  債権者は、昭和四六年五月一七日、債務者および株式会社松崎組工務店(以下債務者らという)との間で、債務者らを売主とし、債権者を買主として、次のとおりの売買契約を締結し、同日後記手付金を支払った。

(一)  売買の目的物

土地 東京都武蔵村山市中藤字西大南二八八〇番六六〇、原野一〇八・一二平方メートル(以下本件土地という)

建物 右同所所在、木造モルタル亜鉛交板葺二階建新築居宅一棟 建築面積 延約六一・九九平方メートル(以下本件建物という)

(二)  代金 金七六〇万円

(三)  本件売買契約の成立に際し、買主は売主に対して手付金一〇〇万円を交付する。

(四)  売主は、同年六月三〇日までに買主に対し、右土地および建物の引渡並びに所有権移転登記をなし、これと引換えに、買主は残代金六六〇万円を支払う。

(五)  売主は、右物件に抵当権等の権利の瑕疵又は公租公課その他賦課金の未納等のある場合は、その権利の瑕疵および負担の全部を取り除いて完全な所有権を移転しなければならない。

(六)  本契約の当事者は、相手方に債務の不履行がある場合は、催告を要せず、契約を解除することができる。その場合、買主に債務不履行があるときは、売主は右手付金を没収することができ、売主に債務不履行があるときは、右手付金の倍額を買主に支払わなければならない。

二(一)  本件土地は、建築基準法所定の住居地域、第七種空地地区にあり、本件建物の建築面積の敷地面積に対する割合(以下建ぺい率という)の限度は三〇パーセント以下であるところ、本件土地の面積一〇八・一二平方メートルに対して建築面積(一階の床面積)は三八・〇一平方メートルであり、その建ぺい率は三五・一五パーセントとなり、右制限を超えた違法建築として、同法九条に基き、特定行政庁から建築物の除却、使用禁止等の措置を命ぜられるおそれがある。

(二)  又、本件建物は、昭和四六年三月、特定行政庁より、右建ぺい率違反の理由で、本件土地区画を変更するなどして本件建物の敷地面積を一一三・一二平方メートルに是正するよう指示されていた。

(三)  ところが債務者らは右指示を履行していない。これらの事実は、債務者らが債権者に対し前項(五)の完全な所有権を移転すべき売主の義務に違反する。そこで債権者は昭和四六年六月二六日、債務者らに対し、同月三〇日までに本件建物につき、建築基準法所定の手続を完了し、適法な建物とするよう催告するとともに、右催告の趣旨が同月三〇日までに履行されない場合は、債務者らの債務不履行を理由として本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

三  仮に右債務不履行に基く解除の主張が認められないとしても、本件建物は前記のとおり建ぺい率違反の建物として、特定行政庁から敷地面積の是正等の指示を受けていること或いは将来建物の除却等の措置を命ぜられるおそれがある。このことは売買目的物の瑕疵であり、債権者は契約の際にこのことを全く知らなかったので、右瑕疵は隠れた瑕疵に当る。債権者は右の瑕疵があることにより、契約の目的を達することができない。そこで債権者は、民法五七〇条に基き、前同日、債務者らに対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

四(一)  以上のとおり、債権者は、債務者に対し、本件売買契約を解除し、第一項(六)の約定に基き、手付金の倍額である金二〇〇万円の支払を求め、債務者らを被告として本案訴訟を提起した。

(二)  ところが債務者らは本件建物を含む建売住宅につき建築基準法違反により摘発を受け、倒産のおそれが大きい。そうなると、債権者が本訴において勝訴判決を得ても、その執行が不能となり、回復し難い損害を蒙るので、本件申請に及んだ。

第三申請の理由に対する答弁および主張

一  申請の理由一項の事実は認める。

二  同二項のうち、本件建物につき、債権者主張の建ぺい率違反のあることおよび特定行政庁より債権者主張の如き是正の指示を受けたことは認める。しかし、債務者らは、本件建物につき建築基準法所定の手続を完了して引渡すことを約束したことはない。

本件契約においては、本件建物の建ぺい率違反の点は付随的事項にすぎない。のみならず、契約締結に際し、債務者らは債権者に対し、本件建物が建ぺい率において若干の違反のある事実を説明し、債権者も右事実を知って契約を締結したものである。従って、建ぺい率違反の事実をもって債務者らが本件契約の約旨に反したとして債務不履行の責任を問われるいわれはない。

三  同三項の事実はすべて否認する。本件建物の建ぺい率違反の点が売買目的物の瑕疵に当るとしても、債権者は本件契約締結の際右事実を知っていたのであるから、隠れた瑕疵とはいえない。

四  同四項の(二)は争う。

第四証拠≪省略≫

理由

一  申請の理由のうち一の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで債務不履行を理由とする契約解除の点につき検討する。

(一)  本件建物につき、債権者主張の建ぺい率違反のあることおよび本件契約前特定行政庁より、右建ぺい率違反を理由に、本件土地区画を変更するなどして本件建物の敷地面積を是正するように指示されていたことはいずれも当事者間に争いがない。又、債権者主張の催告および契約解除の意思表示のあったことにつき、債務者は明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

(二)  ≪証拠省略≫を総合すると次のような事実が認められる。即ち、昭和四六年五月一七日、本件売買契約の仲介をした三越商事株式会社池袋店の事務所において、債権者と債務者らとの間に本件売買契約の交渉をしたこと、その交渉の過程で右売買を担当した三越商事社員森山朝雄と売主松崎組工務店代表取締役松崎貞勝が、債権者夫妻および立会った知人二名に対し、本件建物に建ぺい率違反の事実があることおよび東京都北多摩西部事務所から敷地面積是正の指示を受けており、手続上指示どおり是正したものとして届けてあるが、是正前の敷地面積で売却することの説明をし、債権者の了承を求めたこと、これに対し、債権者もこの説明を了承して売買契約書に調印したこと、その後その席上で、債権者の要望により、「万一建ぺい率等の違反により行政処分を受け、取りこわされた場合その損害は売主が負担するものとする」旨の特約条項を設けることに債務者らが同意し、右文言を契約書に書き加え、契約の締結を完了したこと、以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫

(三)  右事実によれば、債権者は、本件建物にその主張の如き建ぺい率違反のあることおよび本件土地の敷地面積の是正は特定行政庁の形式上の届出に止まることを知りながら本件契約を締結したものと認められる。債権者は右建ぺい率違反により本件建物は特定行政庁から除却等の措置を命ぜられるおそれがあると主張するが、これを認めるに足りる疎明はない。そして本件建物の建ぺい率違反の程度が比較的軽微であること、債務者らが前記の特約を付していることを考慮すると、右建ぺい率違反の点をもって、ただちに債務者らに売主の義務についての違反があるとはいい得ない。従って、債務者らの債務不履行を理由とする債権者の契約解除の意思表示はその理由がないから無効といわねばならない。

三  そこで進んで瑕疵担保責任を理由とする契約解除について検討する。前記認定のとおり、債権者は、本件契約締結の際、本件建物に建ぺい率違反のあることを知っていたことが認められるので、右違反の事実が民法五七〇条にいう「隠れたる瑕疵」に当らないことは明らかである。従って債権者の同条項に基く契約解除の主張も理由がない。

四  以上のとおり、債権者の本件申請は、結局、被保全権利についての疎明が十分でないことに帰するから、これを認容した原決定を取り消し、本件申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蘒原孟)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例